2012年02月21日

家族の記憶

2か月前の深夜、父が亡くなりました。
1年4か月の入院生活の末、ひっそりと病室で息を引き取ったのです。

今、このブログを書いていて、感じるものがあります。

父はキリスト教徒で、父の叔父は神父でした。

北海道の利尻教会で神父をしていました。
名前を雷吾神父と言います。

雷吾神父には生前会ったことがあるのです。
それは祖母の葬式の時でした。

聖職者とは思えない豪快な雰囲気の、しかも格好いい人で、ロザリオを振り回しながら

、まだ高校生だった私に「お前シスターになれ」などと戯言を言っていました。

私は「いやだよ」と言って大叔父を突っついた記憶があります。

それが最初で最後の出会いでしたが、ずっと利尻島の教会で神父をしていたようです。

亡くなった父の兄も、雷吾神父に少し似ているところがあったかもしれません。
背が高く、姿勢が良く、イケメンでした。
父はジャイアントパンダみたいな人でしたが・・・

今父は、そちらの世界で賑やかに再会を楽しんでいるのでしょう。

父の兄は二人して、すぐ上の兄は戦士しています。
沖縄へ物資を航空機で輸送中に米軍機に爆撃され、死体もありません。

仙台のお墓に遺髪だけが埋葬されていますが、この前の大震災でお墓が壊れ、修復作業

中に見知らぬ人たちの墓碑がお墓の中から出てきたのです。

我が家はびっくり仰天です。
「誰!?」という感じでした。

肝心の父はアルツハイマーで言葉を失ってまともに会話ができる状態ではありませんで

したし、頼れるのは母が父や父の親戚から聞いたという記憶だけでした。

その母がすごいんです。
記憶力が半端ではなく、父すらも知らないかもしれない父の親類について、なぜか母が

知っていました。

その母も今84歳。
衰弱が激しく、体が心配です。

母の記憶がまだ確かなうちに、書き留めておく必要があるのではないか、今私はそんな

気持ちになっています。

誰のことも忘れない記憶があったら、脳はパンクしてしまうのでしょうか?

でも、この人たちはみな私のルーツであり、生かしてくれた先祖たちなんですね。

同じ時代を生きる人たちとの絆も大切だけど、時代を超えた縦の絆も大切にしたい、今

は本気でそう思っています。
posted by スイカの日 at 22:32| Comment(0) | TrackBack(0) | スイカの話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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